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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)162号 判決 1990年4月13日

東京都足立区花畑町三九九八番地

原告

大熊芳男

右訴訟代理人弁護士

吉武伸剛

右訴訟復代理人弁護士

国保修敏

東京都足立区千住旭町四丁目二一番地

被告

足立税務署長

池田弘

右訴訟代理人弁護士

国吉良雄

右訴訟復代理人弁護士

国吉克典

右指定代理人

横川七七一

山口新平

佐藤米昭

中川和夫

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和四四年一〇月三〇日付けでした原告の昭和四一年ないし昭和四三年分の所得税の各更正及び各過少申告加算税賦課決定のうち、昭和四一年分については総所得金額一九四万五九〇〇円、納付すべき税額三一万〇一七〇円、昭和四二年分については総所得金額二六五万一五二八円、納付すべき税額五〇万八七〇〇円、昭和四三年分については総所得金額二一〇万九五五二円、納付すべき税額三三万二一〇〇円をそれぞれ超える部分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件各処分の経緯

原告はゆかた染色、衣料縫製業を営む訴外東伸繊維工業株式会社(以下「東伸繊維工業」という。)の代表取締役であつた者であり、昭和四一年ないし昭和四三年(以下「本件各係争年」という。)分の各所得税につき、原告のした確定申告及び修正申告、これに対して被告がした更正(以下「本件各更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件各決定」という。)、これに対する原告の審査請求並びに国税不服審判所長のした裁決は、別表1の1ないし3記載のとおりである。

2  本件各更正、本件各決定の違法性

しかし、被告がした本件各更正には、原告の本件各係争年における不動産の譲渡収入について、所得税法六四条二項の適用を認めず、右収入に係る譲渡所得が存在するものとして、各所得金額を過大に認定した点において違法があり、本件各決定も過大な右各所得金額を前提とするものであるから違法である。

3  よって、原告は本件処分のうち右譲渡所得金額に係る部分について、請求の趣旨記載のとおりの各取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は争う。

三  被告の主張

1  原告の本件各係争年分の所得金額は、それぞれ次のとおりである。

(一) 昭和四一年分

不動産所得 六七万八四〇〇円

給与所得 一二六万七五〇〇円

譲渡所得 六四三万八〇八八円

(二) 昭和四二年分

不動産所得 一三八万一五二〇円

給与所得 一二七万円

譲渡所得 八一四万五一六一円

(三) 昭和四三年分

不動産所得 六一万九五五二円

給与所得 一四九万円

譲渡所得 五一一万二七八〇円

2  本件譲渡所得の根拠

(一) 原告は、本件各係争年において、別表2の1ないし3記載のとおり、所有の不動産を順次、譲渡した(以下、まとめて「本件譲渡」という。)。

(二) 本件譲渡に係る譲渡所得金額(以下「本件譲渡所得金額」という。)は、別表3の1ないし3記載のとおりである。

3  本件各更正及び本件各決定の適法性

よつて、右各譲渡所得の金額を原告の前記1のとおりの不動産所得及び給与所得の各金額に加算して行つた本件更正は適法である。

また、本件各決定は、本件各更正により増加した納付すべき税額を計算の基礎として国税通則法六五条一項の規定により計算した税額を課したものであつて、適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の(1)ないし(三)のうち、不動産所得及び給与所得の各金額はいずれも認め、譲渡所得金額はいずれも争う。本件各係争年分の所得金額は、不動産所得と給与所得の合計金額である。

2(一)  被告の主張2(一)は、別表2の1の番号7の譲受人名を除き、認める。番号7の譲受人は鈴木喜義である。

(二)  (二)の別表3の1ないし3のうち、いずれも譲渡収入金額、取得費、譲渡経費、特別控除の各金額は認め、譲渡所得金額及び課税標準の各金額は争う。

3  同3は争う。

五  原告の反論

1  保証債務の存在

原告は、次のとおり、東伸繊維工業を主債務者とする保証債務を負担していた。

(一) 足立信用金庫本店(以下「足立信金」という。)

原告は、昭和三九年三月九日、足立信金に対し、東伸繊維工業の同信金との債権元本極度額五〇〇〇万円証書貸付、手形貸付け及び手形割引契約に基づく債務について保証をした。

昭和四一年一月一日現在における右保証債務額は、四三〇五万円であつた。

(二) 全国信用金庫連合会

原告は、昭和三八年一一月一七日、全国信用金庫連合会に対し、東伸繊維工業の同連合会との金銭消費貸借契約に基づく一三〇〇万円の借入金債務について保証した。

昭和四一年一二月二七日現在における右保証債務額は、四六四万円であつた。

(三) 株式会社糸善他二社

原告は、昭和二六年八月二四日、東伸繊維工業の、株式会社糸善(以下「糸善」という。)、丸伊綿業株式会社(以下「丸伊綿業」という。)及び株式会社会田染工場(以下「会田染工場」という。)との取引に基づく各買掛金債務につき、それぞれ包括的に根保証をした。

東伸繊維工業は、昭和三九年一二月一九日現在において、糸善に対しては二〇六万三一六〇円、丸伊綿業に対しては二三三万九二八九円、会田染工場に対しては三〇万円の各買掛金債務を負担していた。

(四) 荒川製毛有限会社(以下「荒川製毛」という。)外三九社

東伸繊維工業は、昭和三九年三月、不渡手形を出して倒産したが、昭和三九年一二月一九日現在、銀行を除く取引先である荒川製毛外三九社に対して、倒産前からの買掛金等債務合計三八三二万三四五五円を負担していた。

原告は、昭和三九年一二月一九日、東伸繊維工業の債権者集会において、右各債権者に対し、原告所有土地を売却した代金によつて、各買掛金等債務のうち一〇〇万円の小口債権は二五パーセントを現金にて、一〇〇万円を超える大口債権は二〇パーセントを現金、五パーセントを原告振出の手形によつてそれぞれ弁済する旨を約し、もつて、東伸繊維工業の各債務の二五パーセントについて保証をした。

(五) 東京相互銀行

原告は、東京相互銀行に対し、東伸繊維工業の同銀行に対する金銭消費貸借契約に基づく債務につき連帯保証をしており、三九年八月三一日現在における右保証債務額は、七四〇万円であつた。

2  保証債務の履行

(一) 譲渡代金による保証債務の弁済

原告は、前記1の各保証債務を履行するために本件譲渡を行い、別表4の1ないし5の各譲渡代金欄記載のとおり譲受人から入金された金額から譲渡費用を支払つた後の譲渡手取金額をもつて、同表の1ないし6の保証債務履行額欄記載のとおり前記1(一)ないし(三)の各保証債務を弁済した。

(二) 荒川信用金庫等からの借入金による弁済

(1) 原告は、本件譲渡代金をもつて前記1(四)及び(五)の保証債務をも弁済することにしていたが、土地売却が遅れたため、とりあえずその弁済資金に充てるため、昭和三九年一二月二五日荒川信用金庫(以下「荒川信金」という。)から、昭和四〇年五月八日ころ日興信用金庫(以下「日興信金」という。)から、それぞれ五〇〇万円を借り入れた。

(2) 原告は、右借入金をもつて、昭和三九年一二月二八日から三日間で、前記1(四)の債権者らに対する各保証債務のうち現金配当を約した部分を弁済し、昭和四〇年以降、手形配当を約した部分を弁済した。

(3) 原告は、昭和四〇年五月八日ころ、日興信金からの右借入金をもつて前記(一)(5)の東京相互に対する保証債務のうち二一三万一四六八円を弁済した。

(4) 原告は、右(1)記載の各借入金を本件譲渡代金によつて別表4の1ないし3の保証債務以外の支払い額欄記載のとおり弁済した。

3  求償権の行使の不能

次のとおり、東伸繊維工業の資産状態は大幅な債務超過状態にあつたものであるから、求償権の行使の可否についての判断基準日と解すべきである所得税確定申告書の提出期限日である昭和四二年ないし昭和四四年の各三月一五日の時点において、原告が、前記2のとおりの保証債務履行による各求償債権の全額の弁済を受けられないことは、客観的に確実になつていたものというべきである。

(一) 東伸繊維工業の倒産、清算

(1) 東伸繊維工業は、昭和三九年三月一〇日、不渡手形を出して銀行取引停止処分を受け、倒産状態となつた。

(2) その後、債権者集会が結成され、債権者集会に東伸繊維工業の債務整理と事業再建が委任され、破産手続に準じた方法をもつて一般債権の弁済配当を実施した。

(3) しかし、東伸繊維工業は銀行取引を停止されて信用を失い、事業の続行が不可能となつたので、債権者委員会の管理の下に昭和四一年三月二五日事業を廃止して解散し、清算会社となり、銀行借入金等の抵当債務の整理を進めることになつた。

(4) 東伸繊維工業には原告から明渡しを猶予された中古建物の他には見るべき資産がなく、大幅な債務超過となり、銀行借入金等の抵当債務も原告が連帯保証人としての責任上、その個人所有土地を売却処分して保証債務の履行をせざるを得なくなつた。

(5) 東伸繊維工業には、事業再建の見込みがなく、債務超過の状態を脱却する方途がなかつた。

(二) 東伸繊維工業の債務超過状態

(1) 昭和四一年ないし昭和四四年当時の東伸繊維工業の資産及び負債の状態は、次のとおりであつた。

ア 昭和四一年三月三一日現在

負債の額 一億三二三七万三五七〇円

内訳

決算書記載の負債 一億〇九四一万〇一三四円

後記塚本商事関係の保証債務履行額(以下「保証債務履行額A」という。) 二二九六万三四三六円

資産の額 五八一一万三一九四円

債務超過額 七四二六万〇三七六円

イ 昭和四一年八月三一日現在

負債の額 八三七七万九六三五円

内訳

決算書記載の負債 五四四五万六五四九円

保証債務履行額A 二二九六万三四三六円

本件求償債務当期履行分(以下「保証債務履行額B」という。) 六三五万九六五〇円

(ただし、決算書の損益計算書に雑益として計上されたもの)

資産の額 一五二八万二八〇六円

債務超過額 六八四九万六八二九円

ウ 昭和四二年八月三一日現在

負債の額 九六七三万八六六九円

内訳

決算書記載の負債 四四三六万七〇三八円

保証債務履行額A 二二九六万三四三六円

保証債務履行額B 六三五万九六五〇円

本件求償債務当期履行分(以下「保証債務履行額C」という。) 二三〇四万八五〇〇円

(ただし、決算書の損益計算書に雑益として計上されたもの)

資産の額 一五〇一万三七一八円

債務超過額 八一七二万四九五一円

エ 昭和四三年八月三一日現在

負債の額 九九三五万五二八〇円

内訳

決算書記載の負債 三八六一万一三九四円

保証債務履行額A、B及びC 五二三七万一五八六円

本件求償債務当期履行分(以下「保証債務履行額D」という。) 八三七万二三〇〇円

資産の額 一三三二万三八九二円

債務超過額 八六〇三万一三八八円

オ 昭和四四年八月三一日現在

負債の額 一億一〇七五万四八四一円

内訳

決算書記載の負債 二八九〇万五一〇五円

保証債務履行額A、B、C及びD 六〇七四万三八八六円

本件求償債務当期履行分 二一一〇万五八五〇円

資産の額 一四九二万二五三五円

債務超過額 九五八三万二三〇六円

(2) なお、保証債務履行額Aとは、東伸繊維工業の原告に対する左記求償債務の合計である。

ア 東伸繊維工業(当時は旧商号株式会社大熊染工場)は、塚本商事株式会社(以下「塚本商事」という。)から、昭和三七年四月四日に九〇万円、同月一四日、五月一七日、六月五日、同月一四日にそれぞれ一〇〇万円、七月一四日に一五〇万円、一〇月二日に二四六万五九〇〇円、合計八八六万五九〇〇円の金員を借り受け、原告は右債務につき保証をした。

原告は、右保証債務を履行するために、昭和三八年三月三一日、原告所有の足立区花畑四〇七八番一所在の宅地一二二・八五坪、同所四〇七一番所在の宅地一七二・六八坪を、塚本商事の東伸繊維工業に対する右債権の元本合計八八六万五九〇〇円の弁済に代えて塚本商事に譲渡した。ただし、登記原因は、塚本商事の都合で売買とした。

その結果、東伸繊維工業は原告に対し、昭和三八年三月三一日、八八六万五九〇〇円の求償債務を負担することとなつた。

イ 原告は、昭和四〇年一月一二日までの間、原告所在地を、安達保多に六九六万五〇〇〇円、標井治雄に六七六万四四八〇円、池田栄司に三六万八〇五六円の価額でそれぞれ売却し、その合計金一四〇九万七五三六円を東伸繊維工業の保証債務の弁済に充てた。

その結果、東伸繊維工業は、昭和四〇年中に、原告に対して右同額の求償債務を負担するに至つた。

(3) 東伸繊維工業の財政状態は、右に明らかなとおり、昭和四四年八月三一日現在において、債務の累計残高が一億一〇七五万四八四一円に達し、その債務超過額は九五八三万二三〇六円に及んでいる。しかも、右累計額には、原告が昭和四一年八月三一日決算において東伸繊維工業に対し債務免除した貸付金額五八〇万七三〇五円を含んでいないのであって、これを加算すれば債務の累計額は一億一六五六万二一四六円であり、その債務超過額は一億〇一六三万九六一一円に達するのとなるものである。

(三) 借地権について

なお、被告は、後記のとおり、東伸繊維工業が有する本件土地についての借地権を評価すれば、求償権の行使が可能であつたと主張するが、次のとおり、右主張は失当である。

(1) 借地権の消滅

東伸繊維工業は、原告から昭和三七年四月以来、足立区花畑町三九九八の一外一二筆合計二三三六・六坪の土地(以下「本件土地」という。)を賃借していたが、昭和三九年三月不渡手形を出して倒産し、債権者集会の管理下で債務整理手続に入り、その賃料支払が不可能となつたので、昭和四一年三月三一日、原告との間で、本件土地に係る賃貸借契約を合意解約した。

(2) 禁反言ないし信義則違反

被告は、東伸繊維工業が昭和三七年八月期と昭和三八年八月期の各事業年度において、原告から賃借している足立区花畑町四〇七一番一所在の土地(三〇四坪)について出捐した六三〇円を借地権勘定に計上したところこれを否認して更正処分を行つた。

すなわち、原告が、塚本商事に対する東伸繊維工業の借入金八八六万五九〇〇円の代物弁済として、昭和三八年三月三一日売買を原因として同年六月二〇日塚本商事に対し所有権を移転したのに際し、本来、借地権勘定に計上された借地権価額六三〇万円と、借地権の代物弁済によつて消滅した塚本商事からの借入金六三〇万円とを対等額で振替処理すべきであるのに、被告は、税務計算上そのような会計処理をしないで、東伸繊維工業の原告に対する右土地の借地権を否認し、右借地権価額六三〇万円に相当する塚本商事からの借入金六三〇万円は原告から支払を受けた贈与に相当するとの認定計算を行つて東伸繊維工業の法人税の更正処分をしたものである。

このように、被告が、原告が代表取締役をしている東伸繊維工業の税務計算において原告と東伸繊維工業との借地契約関係について、昭和四〇年ころ、借地権勘定に計上された借地権価額を更正処分をもつて否認しておきながら、原告が東伸繊維工業の倒産による賃料支払不能を理由に昭和四一年三月三一日借地契約を合意解除した事実を否認し、借地契約の存続と借地権価額の存在を主張するのは、禁反言ないし信義則違反であつて、許されない。

(3) 借地権の価値

ア 本件土地に対する借地権の存在を認めるとしても、次に述べる事実に照らせば、右借地権の財産権としての性質は極めて薄弱というべきである。

(ア) そもそも、東伸繊維工業は同族会社であり、本来原告の家業である染色、縫製業を行うため、いわゆる法人成りしたものである。

(イ) したがつて、東伸繊維工業の工場敷地等の用地は、原告の個人資産である本件土地が引き続き使用された。

(ウ) 東伸繊維工業がいわゆる法人成り(当初の商号は株式会社大熊染工場)した昭和二六年八月から昭和三七年四月までの一〇有余年間は、本件土地を無償で使用していた。

(エ) 昭和三七年四月から東伸繊維工業は原告に賃料を支払うこととなつたが、賃料の支払いがあつたのは、昭和三七年四月から昭和四〇年一二月までわずかに三年有余の間にすぎない。

(オ) 賃料の額は、一般の賃貸借契約の賃料価格に比較して低廉であつた。

(カ) 賃貸借契約に際して、原告と東伸繊維工業との間には一般に行われている権利金の授受がなかつた。

イ 東伸繊維工業に資産として評価すべき借地権が存在したとしても、本件土地のうち、東伸繊維工業の建物敷地として使用されていたのは、左記の土地合計一六七九・六〇坪(五五四二・六八平方メートル)である。

足立区花畑町三九九八番一 宅地 四一・六〇坪

同所 三九九八番二 宅地 三五五・〇〇坪

同所 三九九八番三 宅地 六七八・〇〇坪のうちの約三〇〇・坪

同所 三九九八番五 宅地 三四五・〇〇坪

同所 三九九八番一二 宅地 五八八・〇〇坪

同所 三九九八番一三 宅地 五〇・〇〇坪

その余の借地部分は「ゆかた生地」の干場として借地使用されたものであつて、更地の状態で使用されていたものである。

所得税法三三条一項において、「資産の譲渡(建物所有を目的とする地上権又は賃借権)」と規定して、借地権のうち資産として認めるものは「建物所有の賃借権」にのみ限定しているのである。すなわち、所得税法は、ゆかた生地干場に利用されているような土地賃借権については、これを資産としては認めていないのであるから、被告の主張する東伸繊維工業の資産(原告の本件保証債務履行による求償権行使の引当となるべき資産)に計上すべき建物所有目的借地権は前述のとおり一六七九・六〇坪である。したがつて、被告の主張する借地権価額は過大であつて、それを前提とする求償権行使は可能であるとの結論には法律上の理由がない。

六  原告の反論に対する認否

1(一)  原告の反論1のうち、(一)及び(二)は認める。

(二)  (三)ないし(五)は知らない。

仮に(四)記載のとおり、債権者集会において原告が所有不動産を売却し、その代金によつて東伸繊維工業の債権者に対する債務の支払を約したとしても、それは同社に肩代わりして支払うことを引き受けたものとみるべきであつて、他人の確定債務を引き受けたものであるから、所得税法六四条二項に規定する保証債務には該当しない。

2(一)  同2の(一)の事実のうち、保証債務を履行するため本件譲渡を行つたことは知らず、本件譲渡代金が主張のとおり入金されたこと、原告において譲渡費用を支払つたこと、手取金額をもつて主張のとおりの債務を返済したことは否認する。

ただし、足立信金に対する東伸繊維工業の借入金債務につき、昭和四四年八月までは別表4の1ないし6記載のとおり返済がなされたこと、全国信用金庫に対する同社の借入金債務が右同表記載のとおり返済されたことは認めるが、その余の債務についての返済事実は知らない。

(二)  (二)の(1)のうち、荒川信金から記載のとおり借入れをした事実は認めるが、日興信金からの借入れの事実は知らない。

(2)ないし(4)はいずれも知らない。

ただし、荒川信金に対する東伸繊維工業の借入金元本が、昭和四二年九月二一日を除いて別表4記載のとおり返済されたことは認める。

3(一)  同3の冒頭部分は争う。

(一)のうち(1)は認める。

(2)は知らない。

(3)のうち、昭和四一年三月二五日に解散登記を経由し、清算手続きに入つたことは認め、その余は知らない。

(4)のうち、中古建物の他にはみるべき資産がなく、大幅な債務超過となつたことは否認し、その余は知らない。

(5)は否認する。

(二)  (二)のうち、(1)は争う。

(2)のアは、登記原因が売買であることは認め、その余はすべて否認する。東伸繊維工業が原告名義の土地を塚本商事に売却したものである。

イについては知らない。

仮に、原告主張のア、イの保証債務の履行があつたとしても、東伸繊維工業は本件各係争年以前に原告から右履行に基づく求償債務の免除を受けている。したがつて、右求償債務を本件係争年の東伸繊維工業の負債に計上すべき根拠はない。

(3)は争う。

(三)  (三)(借地権)の冒頭部分は争う。

(1)のうち、昭和三九年三月に東伸繊維工業が不渡手形を出したことは認めるが、賃貸借契約を合意解約するに至つたことは否認する。

(2)の事実は否認し、主張は争う。なお、原告が昭和三九年に譲渡したと主張する四〇七一番の土地は、本件土地とは別の土地であり、当該土地は更地の状態で使用されていたのに対し、本件土地は東伸繊維工業所有の建物、建造物の敷地として使用されていたのであるから、本件土地と位置関係及び利用状況を異にする土地の譲渡に関連して、仮に東伸繊維工業の法人税の申告に対して借地権を否認して更正処分がなされたからといつて、東伸繊維工業が本件土地に係る借地権を有していないことの証左となるものではないから、原告の主張は失当である。

(3)のアの冒頭部分は争う。(ア)、(イ)、(カ)は認める。(ウ)、(オ)は知らない。エは争う。

イの事実は否認し、主張は争う。

本件土地二三三六・六坪は、その全部が東伸繊維工業の染色加工及びキルテイング加工という事業の遂行上必要な工場、倉庫、事務所、作業所、工員の寄宿舎等の建物の敷地として利用されているのであつて、まさにその全部が建物の所有を目的として同社が原告から賃借した土地にほかならないのである。

七  被告の再反論

1(一)  一般に租税法規における非課税要件規定は例外的規定としての地位にあり、租税負担公平の原則に相反する効果があるので、その解釈に当たつては狭義性、厳格性が要請されているところ、所得税法六四条二項の規定は租税負担の免除を前提とする特例的制度であるから、同項の解釈、適用は厳格になされるべきである。

そして、同条同項は、保証債務を履行するために資産の譲渡があつた場合に適用すると規定していることから、その資産の譲渡代金によつて保証債務が履行された場合に適用があることは明らかであり、その資産の譲渡代金以外の金員をもつて保証債務が履行されたとしても、所得税法六四条二項の適用はない。

(二)  これを本件についてみるに、次に述べるとおりの事実によつて、本件譲渡代金は、その大部分が原告から東伸繊維工業に対してその事業資金に充てる目的で寄付されたものと認められるから(私財提供)、原告が右寄付行為によつて求償権を取得し得るはずもない。また、同社が寄付を受けた右金員等をもつて形成した自己の事業資金の中から自己の計算において、事業活動に伴う費用のほか同社の借入金等の債務を返済したとしても、それは同社自身の意思決定に基づき返済したにすぎないものであるから、本件譲渡代金によつて原告の保証債務の履行がなされたものとみることはできない。

(1) 原告は、本件譲渡代金が入金された都度その現金を東伸繊維工業の経理担当者に渡していた。

(2) 東伸繊維工業は右代金を雑益勘定に計上している。

右雑益勘定への計上年月日及び計上金額は、別表5記載のとおりであり、本件譲渡代金の入金年月日及びその金額(譲受人有限会社サン電気製作所(以下「サン電気製作所」という。)からの譲渡代金一四四万九〇〇〇円のうちの七一万四〇〇〇円を除く。)と一致し、かつ原告主張の別紙4の1ないし5記載の各譲渡代金の入金年月日及びその金額と概ね一致する。

結局、本件譲渡代金四三八〇万八三〇〇円のうちサン電気製作所からの譲渡代金七一万四〇〇〇円を除く四三〇九万四三〇〇円は原告から東伸繊維工業に対し、提供されたものと認められ、その余の本件譲渡代金の使途は明らかでない。

(3) 東伸繊維工業は、原告から提供を受けた右金員及びそれ以外の雑益収入と同社の不動産収入とを合わせて自己の事業資金を形成し、その中から同社の交際接待費等自己の事業活動に必要な費用の支払及び同社の借入金債務の支払に充てている。

(4) 東伸繊維工業の足立信金に対する借入金元金の返済及び利息の支払に係る領収書等は保証人である原告宛でなく、主債務者である東伸繊維工業宛である。

そして、右領収書による支払年月日、支払金額と東伸繊維工業の借入金勘定、利息支払勘定の支払年月日、支払金額と概ね一致する。

(三)  仮に、本件譲渡代金の一部が、間接的にではあるが原告が保証していた東伸繊維工業の借入金等の返済に充当され、これをもつて原告の保証債務の履行であると認定する余地があるとしても、東伸繊維工業の保証債務に係る借入金元本等の返済は、同社の不動産収入と本件譲渡代金等を資金としているため、譲渡代金の個々を特定して保証債務履行額と関連させることは事実上不可能であるうえ、同社は、本件譲渡代金を仮装経理による支出にも充当して経理していることからして、保証債務の弁済額全額を本件譲渡代金によつたものであるとすること不合理であり、譲渡代金による保証債務履行額は同社の各期決算書による収支計算を基として算定せざるを得ないというべきである。

2  東伸繊維工業に対する求償権の行使の可否

(一)(1) 所得税法六四条二項の適用要件である、「求償権の行使の全部または一部を行使することができないこととなつた」とは、当該求償権の相手方である主たる債務者について、破産もしくは和議手続の開始、事業の閉鎖、著しい債務超過の状態が相当長期間にわたつて継続し、事業再起の目途が立たないこと、その他これらに準ずる事態が生じたことによつて求償権の全部または一部の弁済が受けられないことが客観的に確実となつた場合を指すものと解される。

また、求償権の全部または一部を行使することができないこととなつたか否かの判断基準日は、当該事実が生じた日と解され、保証債務の履行に伴う求償権の放棄の事実がある場合には、右放棄した日であり、放棄の日において求償権の全部または一部についてその弁済が受けられないことが客観的に確実であつたか否かを判断するのが相当である。また、弁済が受けられないことが客観的に確実になつたとはいい得ないにもかかわらず、求償権を放棄した場合には、所得税法六四条二項に該当しないものと解されている。

(2) これを本件についてみるに、原告は東伸繊維工業に対する求償権を、数回にわたり、おおむね保証債務の履行の都度それぞれ免除し、東伸繊維工業は免除されたごとに同社の雑益勘定に計上していたことからすると、本件各求償権は、右雑益勘定に計上された日ごとにそれぞれ放棄されたものであることが明らかである。

そして、原告が保証債務の履行に伴う求償権の放棄をしたと認められる時点ないし被告が本件各更正をした時点においては、次に述べるとおり、未だ原告の東伸繊維工業に対する求償権の全部又は一部の弁済を受けられないことが客観的に確実であつたと認めることはできないのである。

すなわち、東伸繊維工業は、一度は清算手続きに入つたものの、解散登記前の昭和四一年三月二二日に原告らが発起人として設立した東伸繊維株式会社(以下「東伸繊維」という。)に対し、同年四月一日、東伸繊維工業の資産の大部分及び負債の一部を引き継ぎ、原告が本件譲渡を行つたときから被告が本件各更正をした時点までの間、本件土地上に存する建物を所有し、後記のとおりその結果含み資産たる本件土地(二三三六・六坪)の借地権を有し、建物を東伸繊維工業に貸し付けて不動産収入を得るなど営業を継続していたが、昭和四七年八月五日、商号を株式会社東伸と変更のうえ、その後の事業年度については事業種目を「不動産貸付業」として会社継続の登記を経由し、法律的に再起しているのであつて、右事実関係のもとにおいては、原告が求償権を放棄したころ、その求償権の全部または一部が弁済を受けられない客観的、確実な状況にあつたものということはできないのである。

したがつて、東伸繊維工業の資産、負債の状況を試算した結果が債務超過であつたとしても、そのこと自体によつて直ちに求償権の全部または一部が弁済を受けられない客観的、確実な状況にあつたものということはできないのである。

(二) 東伸繊維工業の借地権について

(1) 借地権の存在等

本件土地についての原告と東伸繊維工業との賃貸借契約については、昭和四一年三月三一日付けで合意解約書が作成されているが、右合意解約は虚偽表示で無効であり、本件各係争においても東伸繊維工業が本件土地に係る借地権を有していたことは、次の事実から明らかである。

ア 本件土地上には、昭和四三年一二月三一日現在も、東伸繊維工業の所有に係る工場用建物が存在していた。

イ 東伸繊維工業の昭和四〇年九月一日から昭和四一年三月二五日までの事業年度の法人税確定申告書の別表「地代家賃の内訳書」によれば、同社は当該期間に地代四八万五〇〇〇円を原告に支払つており、昭和四一年三月二六日から同年八月三一日の間の事業年度のそれには、本件土地の賃貸借契約を解除したとしながらも、昭和四一年四月から八月までの間においても毎月六万九三〇〇円合計三四万六三〇〇円の地代を原告に対し支払つていることが明らかである。

ウ 原告と東伸繊維工業とは、昭和四四年九月一日付けで二回目の合意解約書を作成したとするものの、右以降の昭和四五年九月一日から昭和四六年八月三一日までの事業年度分の清算事業年度予納申告書において当該期間の地代として一五六万円を支払つている。

エ 東伸繊維工業は、昭和四一年四月以降、本件土地上の同社の建物を東伸繊維に対し賃貸し、従来の原告に対する地代以上の家賃収入を得ている。

(2) 仮に、原告と東伸繊維工業との間の前記賃貸借契約が昭和四一年三月三一日に合意解約されたのであると認定される余地があつたとしても、右合意解約によつて同族会社である同社と特殊の関係にある原告の所得税を不当に減少させる結果となると認められるので、所得税法一五七条一項により右行為計算は否認されるべきであり、本件の主たる債務者である東伸繊維工業は所得税法の適用上は、なお、本件土地に借地権を有していたものと解するのが相当である。

すなわち、昭和四一年三月、原告らを発起人として設立した原告の同族会社である東伸繊維に対し、東伸繊維工業の資産の大部分と負債の一部のみを東伸繊維に引き継がせ、東伸繊維工業には本件保証債務に係る債務の大部分と建物だけをそのまま保有させることとして、昭和四一年三月三一日、原告と東伸繊維工業との間の本件土地の賃貸借契約を解約したのである。

東伸繊維工業としては、昭和三九年三月一〇日に倒産の状態に陥つたものの本件土地上に同社が昭和三八年ころ新築した工場等を有しており、当該工場等を東伸繊維に貸し付けたのであるから、東伸繊維工業において本件土地の賃貸借契約を合意解約しなければならない必要性は全くなかつたのであり、また、右合意解約を行うことは同社の資産を故意に減少させることであるから、同社に対する債権者の利益を害さないという面からも、到底許されるべきではない。

以上のことからすれば、東伸繊維工業の右合意解約は経済的、実質的に経済人の行為として不合理、不自然のものであるというほかないのであり、他方、原告においては、本件土地の借地権を除くと東伸繊維工業の資産状況は明らかに債務超過の状態となるから、本件保証債務等の返済をするために土地を譲渡したというのであれば、本件譲渡に係る譲渡所得の金額の計算上、所得税法六四条二項の適用が受けられることとなるのであるから、仮に同族会社である東伸繊維工業のこの行為計算を容認する場合においては、東伸繊維工業が引き続き借地権を保有している場合に比して、原告の所得税の負担を不当に減少させる結果となるものである。

八  被告の再反論に対する原告の認否及び反論

1(一)  被告の再反論1(一)は争う。

所得税法六四条二項の適用要件につき被告の主張は、同条同項の解釈としては狭きに失し不当である。「保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合」とは、保証債務の履行と資産の譲渡との間に法律上相当の因果関係がある場合と解するべきである。

(二)  (二)の冒頭部分は争う。原告は、東伸繊維工業の債務について保証をし、本件譲渡に係る土地を抵当に入れていたので、やむなく物上保証していた土地を保証債務の履行のため売却処分して得た本件譲渡代金をもつて保証債務を履行したもので、本件譲渡代金を抵当権抹消と引換えに抵当債権者に弁済したものであるから、その自由財産を任意に提供したものではなく、原告の寄付行為と解釈すべき余地はない。

(1)は否認する。

(2)のうち、東伸繊維工業の雑益勘定に原告の譲渡収入が計上されていること、右雑益勘定への計上年月日及び計上金額が別表4の1ないし5記載の本件譲渡代金の入金年月日及びその金額と概ね一致することは認め、その余は争う。

本件譲渡代金を東伸繊維工業の雑益勘定に計上し、原告の保証債務の履行を同社の借入金勘定に計上したのは、本来、原告の保証債務の履行があるごとに銀行借入等の主債務金額と原告に対する求償債務金額とを振り替え記帳し、さらに原告の求償債務免除による求償債務金額の減少とそれによつて生ずる免除益を雑益として記帳するという会計処理をなすべきところを、会計帳簿を記帳していた者が誤解して省略し、いきなり保証債務の履行によつて消滅した主債務金額の減少と原告の求償債務免除による免除益とを直接対応させた記帳方法を採用したために、あたかも、原告が譲渡代金を東伸繊維工業に贈与したかのごとき誤解を生ぜしめるような会計処理となつたものである。

(3)は否認する。

(4)は認める。

(三)  (三)は争う。

(四)  なお、被告は、原告の本件各更正についての異議申立てに対し、異議申立理由とした、本件土地の譲渡は東伸繊維工業倒産による債務弁済のために行われたものであること、原告は東伸繊維工業の借入金の連帯保証人となつていること、東伸繊維工業は支払能力がなく、連帯保証人である原告が本件譲渡代金をもつて保証債務として弁済したものであることの各点については、これを認めておきながら、本訴において右認定を全面的に覆し、保証債務の履行事実を否認または争うのは、納税義務者に対する信頼を破る行為であり、「禁反言の法理」、「信義誠実の原則」からも許されないものである。

2(一)  同2(一)の(1)のうち、「求償権の全部または一部を行使することができないこととなつたとき」の解釈が記載のとおりであることは認めるが、判断基準の日の解釈については争う。

(2)のうち、東伸繊維工業が昭和四一年三月二五日解散登記をしたこと、代表清算人が原告であること、原告が東伸繊維の発起人であること、東伸繊維工業から東伸繊維に営業用資産の引継譲渡があつたこと、昭和四七年八月五日東伸繊維工業の商号を株式会社東伸と変更したこと、同社の目的を「不動産貸付業」としたことは認めるが、原告が求償権を放棄ないし免除したこと、株式会社東伸に資産の大部分及び負債を引き継いだことは否認し、主張は争う。

株式会社東伸の目的を「不動産貸付」に変更したのは、同社所有の建物を東伸繊維が賃借使用する形式をとり、その賃料収入をもつて借入金の支払利息を支弁することとなつたためである。もつとも、東伸繊維も昭和五〇年一二月二五日不渡手形を出して倒産し、原告はその保証債務を返済するために東伸所有の建物を収去して原告所有の土地二五〇〇坪を売却する余地はなくなつてしまつたのが現在の状況である。

(二)  (二)の(1)のうち、昭和四一年三月三一日付けの合意解約書が作成されている事実並びにアの事実及びイ、ウ記載の各地代が記載のとおりそれぞれ計上された事実は認めるが、昭和四一年ないし昭和四三年当時、東伸繊維工業が本件土地の借地権を有していたことは否認する。

ウ記載の昭和四五年九月一日から昭和四六年八月三一日までの事業年度分の清算事業年度予納申告書において記載されている一五六万円の地代は、本件土地に係る地代ではなく、原告と東伸繊維工業との間の昭和四六年七月に締結された新規の賃貸借契約に基づく地代である。

エは認める。東伸繊維工業が昭和四一年三月三一日現在において本件土地上に所有していた建物は、いずれも足立信金等の抵当物件であつたため法律上取壊し収去が不能であること、右抵当権の実行を回避して東伸繊維工業の清算を円滑に成得るために右建物を新会社東伸繊維に賃借し、その賃料収入をもつて右抵当債務の利払い等に充当する必要があつたこと等の理由により、原告が、本件土地上の東伸繊維工業所有建物について、同社の清算終了まで現状のまま存続を認め、その収去を猶予し、かつ同社の清算中は清算事務の円滑のためその建物を東伸繊維に賃借することを認めることとしたのである。

しかし、東伸繊維も、昭和五〇年一二月二五日、不渡手形を出して倒産し、原告は保証人として保証債務を履行するために原告所有の本件土地を売却せざるを得なくなり、東伸繊維工業所有の建物は昭和四六年から昭和五四年ころまでに全部取り壊されて収去された。したがつて、東伸繊維が株式会社東伸に対し、家賃の支払をしたのは昭和四九年一二月までであつて、昭和五〇年四月以降は家賃の支払をしていない。

(2)は争う。

本件土地の賃貸借契約の合意解約は、民法上適法有効な法律行為で、納税者が一般に経済的合理的に行動したとすれば当然にとつたであろう行為である。

すなわち、借地契約において、借地人が倒産して債権者集会による半強制的な債務整理が行われ、賃料の支払能力を喪失した場合には、借地契約が解除されることは、一般に経済的合理的な行為であつて、自然な行為である。原告と東伸繊維工業の場合は、原告が同社の代表取締約であつたから、賃料不払による解除の形式をとらず、賃料の支払がなく、また、将来賃料の支払を受けうる見込みもないからという理由で合意による解約をしたものであつて、経済的にも実質的にも自然であり合理的な行為である。

また、原告が東伸繊維工業の連帯保証人兼抵当権設定者として東伸繊維工業の債権者に対し保証債務を弁済するためには、本件土地を更地にして可能な限り高値で売却処分をするのが最善の方法である。東伸繊維工業は、地代の支払ができなくなつたばかりでなく、原告所有の本件土地に設定された多額の抵当債務の主債務者である以上、保証債務弁済整理のためにも、原告が本件土地の賃貸借契約を解除することは、経済的合理的にも自然な行為であり、また、東伸繊維工業が右契約の解除に合意して原告の保証債務の履行のため本件土地等を有利に売却処分できるよう協力することは、また極めて合理的自然な行為というべきである。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因一(課税処分の経緯等)は、当事者間に争いがない。

二  本件各係争年分における所得金額のうち、不動産所得及び給与所得の各金額が被告の主張1の(一)ないし(三)記載のとおりであることは、当事者に争いがない。

三  譲渡所得について

1  原告が別表2の1ないし3記載のとおり所有の土地を譲渡したこと、本件各係争年分の譲渡収入金額、取得費、譲渡経費及び特別控除の各金額が別表3の1ないし3記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2  所得税法六四条二項の適用の可否について

原告は本件譲渡所得については、所得税法六四条二項を適用すべきである旨を主張するので、以下、判断する。

(一)  禁反言ないし信義則違反の主張について

原告は、被告が異議決定において、原告の異議申立て理由とした、本件土地の譲渡は東伸繊維工業倒産による債務弁済のために行われたものであること、原告が東伸繊維工業の借入金等の連帯保証人となつていること、東伸繊維工業は支払能力がなく、原告が本件譲渡代金をもつて保証債務として弁済したものであることの各点について認めておきながら、本訴において右認定を全面的に覆し、保証債務の履行事実を否認また争うのは、納税義務者に対する信頼を破る行為であり、「禁反言の法理」、「信義誠実の原則」からの許されないものであると主張する。

しかし、成立に争いのない甲第三号証及び第四号証の一、二によれば、被告は、原告の東伸繊維工業の借入金についての連帯保証人として、本件譲渡代金を保証債務の履行に充てたものであるとの原告の主張を認めたうえで、東伸繊維工業の求償権行使が可能であるとの理由で原告の異議申立てを棄却したことが認められるものの、行政不服申立手続と訴訟手続きとは独立した別個の手続であつて続審としての構造を持たないものであるから、被告が異議決定の段階において容認していた事実を訴訟段階において否定することが禁反言ないし信義則違反に当たるか否かを問題にする余地はないものというべきである。

(二)  原告は、本件譲渡代金をもつて主債務者を東伸繊維工業とする原告の保証債務を履行した旨を主張するので、以下、検討する。

(1) 原告が東伸繊維工業の代表取締役であつたこと、同社は昭和三九年三月一〇日、不渡手形を出して銀行取引停止処分を受け、倒産状態となつたこと、昭和四一年三月二五日に解散登記を経由して清算会社となつたことは、当事者間に争いがない。

(2) 東伸繊維工業の会計処理について

ア 前記争いのない事実と、成立に争いのない甲第三〇ないし第三三号証の各一、二、原本の存在及び成立に争いのない乙第二ないし第五号証の各一ないし五、第六ないし第一四号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告が東伸繊維工業が清算会社になつた後の昭和四一年ないし昭和四三年の間に所有土地を順次譲渡したことにより取得した本件譲渡代金のうち、譲受人サン電気製作所からの譲渡代金の一部である七一万四〇〇〇円を除く合計四三〇九万四三〇〇円については、すべて東伸繊維工業の昭和四一年三月二六日から昭和四一年八月三一日まで(以下「一七期」という。)、昭和四一年九月一日から昭和四二年八月三一日まで(以下「一八期」という。)、昭和四二年九月一日から昭和四三年八月三一日まで(以下「一九期」という。)、昭和四三年九月一日から昭和四四年八月三一日まで(以下「二〇期」という。)の各事業年度の雑益勘定に順次計上されており(本件譲渡収入に対応する金額が同社の雑益勘定に計上されていたことは当事者間に争いがない。)、右雑益勘定への計上年月日及び計上金額は、原告主張の譲渡代金入金年月日及び金額(別表4の1ないし5の入金年月日及び入金額欄記載のとおり)と概ね一致すること(右事実は当事者間に争いがない。)右期間中の雑益勘定には、本件各係争年以外の年に原告がした不動産の譲渡に係る譲渡代金も計上されており、雑益勘定の合計は一七期につき六三五万九六五〇円、一八期につき二三〇四万八五〇〇円、一九期につき八三七万二三〇〇円、二〇期につき二一一〇万五八五〇円であること、東伸繊維工業には、右の雑益勘定に計上された本件譲渡代金の他、一七期に二七一万円、一八期に二七三万六〇〇〇円、一九期に二〇〇万八一九九円、二〇期に八七万〇七八〇円の各家賃収入があること、原告が支払つたと主張する本件譲渡費用(別表4の1ないし二〇期の借入金勘定、支払利息勘定及び特別債務勘定には、原告が個人保証の存在を主張している、足立信金及び全国信用金庫連合会(右各債権者に対して原告が保証債務を負担していることについては当事者間に争いがない。)、糸善、丸伊綿業、会田染工場に対する債務の返済ないし借入金利息の支払、倒産時における債権者(銀行を除く。)らに対する返済が計上されていること、本件譲渡代金の雑益勘定への計上年月日及び計上金額と借入金勘定等右各勘定元帳に記載されている各債務支払年月日及び支払金額とは対応していないこと、東伸繊維工業の足立信用金庫に対する借入金元金の返済及び利息の支払に係る領収書等は原告宛ではなく東伸繊維工業宛であり、また、右領収書等により認められる支払年月日及び支払金額と、東伸繊維工業の借入金勘定、利息支払勘定に記帳されている支払年月日及び支払金額とは概ね一致すること(右事実は、当事者間に争いがない。)、また、東伸繊維工業は、一七期ないし二〇期において、交際接待費、通信交通費等同社の必要経費の支払もしていることが認められる。

イ そして、前掲甲第三〇号証ないし第三三号証各一、二、原本の存在及び成立に争いのない甲第三四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二六号証の一、二、成立に争いのない甲第二九号証の一、二、原本の存在及び成立に争いのない甲第四〇号証の一、二、証人大輪威、同大熊満の各証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、東伸繊維工業は、昭和二六年八月二四日に設立された株式会社大熊染工場が、昭和三七年四月一八日に商号変更したものであるが、設立以来原告が代表取締役の同族会社であること、伝票、勘定元帳等の記帳は経理担当者が行い、顧問税理士がこれを基に決算報告書を作成していたこと、昭和三八年九月一日から昭和三九年八月三一日までの事業年度の決算報告書中の雑益欄において、塚本商事からの借入金につき原告が保証人として個人の土地売却代金によつて、弁済し、会社倒産のため債務を免除したものとして、債務免除益一〇七八万四一八〇円が計上されていること、また、昭和三九年九月一日から昭和四〇年八月三一日までの事業年度の確定申告書の雑益欄に、原告が連帯保証人として原告個人の資産を売却して債務返済に充てたものであるとして土地売却代金が計上されていること、各事業年度において経理責任者であつた大西善二郎ないし津野田昇は、東伸繊維工業が昭和四一年三月に解散して原告が代表清算人となり、清算事業年度予納申告書に原告を経理責任者と記載した以降においても、元帳等の会計帳簿類を記載するなどし、また、一八期までの清算事業年度予納申告書、決算報告書も、前記の昭和三八年九月一日から昭和三九年八月三一日までの事業年度の決算報告書等に関与している島武夫税理士が記載し、原告がこれに押印していたこと、しかし、本件譲渡代金を雑益勘定に計上した一七期ないし二〇期の各決算報告書においては、前記のような、原告が保証債務を履行するために譲渡した等の趣旨を示す記載はなされていないこと、原告はかつて、顧問税理士であつた島税理士及びその前任の税理士につき、決算報告書等の記載について意見が相違して解任したことがあることが認められる。

ウ 以上によれば、東伸繊維工業の経理処理上は、原告の取得した本件譲渡代金のほとんどが、一貫して同社の雑益収入として扱われ、同社において右代金を含む同社の資金により、随時、借入金及びその利息等の債務の返済、本件譲渡費用の支払、同社の必要経費の支出等をしたことになつているのであつて、順次入金された本件譲渡代金によつてそれぞれ特定の債務返済がなされたとの関連性は認められないというべきであり、また、このような一貫した経理処理は、本件各係争年当時の会計書類の作成担当者の経験度、原告の東伸繊維工業に対する支配力及び会計に対する関与程度等に照らし、経理担当者ないし税理士の誤解に基づく独自の判断によつてなされたものといえないというべきである。

(3) また、原告は、別表4の1ないし6記載のとおり入金された本件譲渡代金によつて各保証債務を履行した旨を主張し、本人尋問において、本件譲渡代金が入金になる都度、あるいは入金された現金を手元にプールした後に、順次、各債務の返済に充てた旨右主張に沿う供述をするが、他方において、原告所有の不動産を売却処分して得た現金を経理担当者に手渡して同社に貸し付け、会社において負債を整理した旨の供述をしていることに照らし、右供述は信用しがたいものというべきである。

そして本件において、本件譲渡代金が特定預金に入金され、右預金から直接債権者に対して支払がなされる等、明らかに資産の譲渡代金が特定の債務の返済に充てられたことを認めうる事情はなんら存在せず、他に原告が多数譲渡したうちの個々の代金が特定の債務の返済に充てられたことを認めるに足る証拠はない。

しかも、原告が本件譲渡代金によつて返済したと主張する各債務の中には、後記のとおり東伸繊維工業の債務ではあるが原告が保証していると認められないものも含まれていることを併せ考えると、本件譲渡のうちのどの資産譲渡代金が保証債務の返済に充てられたかについても、これを特定することができないものといわざるを得ない。

すなわち、原告は、東伸繊維工業の債権者である荒川製毛外三九社に対して、昭和三九年一二月一九日の債権者集会において、各債務の二五パーセント相当額の保証をした旨を主張しており、証人大熊満は、原告が債権者の要求に従い、各債権者に個人保証をした旨右主張に沿う証言をしているが、右証人の供述自体曖昧であり、また、一般債権者に対し原告が個人保証をしたという記憶がない旨の証人谷神善平の証言等に照らし、採用しがたく、他に原告が債権者らに対し、直接、保証債務を負担する旨の意思表示をしたと認めるに足る証拠はない。

かえつて、前掲第二六号証及び第二九号証の各二、第三〇ないし第三三号証の各一及び二、第三四号証、第四〇号証の二、乙第二ないし第五号証の各一ないし五、第一三号証、証人大熊満の証言により真正に成立したものと認められる甲第四三号証及び乙第三九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四四号証、証人大熊満及び同大輪威の各証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、東伸繊維工業が不渡手形を出した後、債権者委員会が結成されて任意整理が進められたこと、原告の娘婿である大熊満が、専ら、債権者委員会ないし債権者集会に出席して、物的担保を有していない荒川製毛外三九社の債権者に対し、原告個人の土地を売却して債権者らに対する配当財源を確保することを明らかにし、もつて債権者の協力を得て、東伸繊維工業の再建を図ることにしたこと、その間の昭和三九年七月一七日ころには、東伸繊維工業が原告所有不動産をもつて昭和三九年一二月三一日までに債務の最低二〇パーセントを支払うことにつき、大熊満、大熊好子、大熊たか子が連帯して保証する旨の保証書を各債権者に差し入れたこと、最終的に、同年一二月一九日の債権者集会において、二五パーセントの配当率で各債権者に対し配当弁済を行い、その余は切り捨てることが決定されたことが認められるのであつて(右認定に反する証拠はない。)、右事実に照らせば、東伸繊維工業が倒産状態に陥り、債権者の協力を得て会社再建を図りながら債務整理を進めるために、原告が代表取締役の責任上、所有財産を売却して東伸繊維工業の債務者への配当財源を確保せざるを得ない状況になり、昭和三九年一二月一九日の債権者集会において、各債務の二五パーセントの配当を実現することを確約したものにすぎず、原告個人が債権者に対し直接支払義務を負つたものではないというべきである。

(4) 原告は、東伸繊維工業の債務について保証をし、本件譲渡に係る土地を抵当に入れていたので、やむなく物上保証していた土地を保証債務の履行のため売却処分して得た本件譲渡代金をもつて保証債務を履行したもので、本件譲渡代金を抵当権抹消と引換えに抵当債権者に弁済したものである旨を主張するが、しかし、本件譲渡資産のうち、原告が保証債務を負つていると主張する東伸繊維工業の債権者らに対し、担保として抵当権の設定に供されていることが認められるのは、足立信金に対する別表2の1の番号1の足立区内匠本町一〇番二所在の宅地のみである(甲第六五号証の一)。

(5) また、原告は本人尋問において、東伸繊維工業を潰したことから所有土地を売却して債権者に穴埋めしようとの意図であつた旨、本件譲渡代金を連帯保証をしていた東伸繊維工業の負債の返済に充てた旨を供述し、これは保証債務として履行したものであるかとの質問を肯定してはいるものの、他方、東伸繊維工業が銀行停止処分になり、同社が金銭を調達することができないため、原告所有の不動産を売却処分して得た現金を経理担当者に手渡して同社に貸し付け、会社において負債を整理した旨の供述をしている。

(三)  以上のとおり、東伸繊維工業において会計処理上、本件譲渡代金を同社の資金として同社が債務の返済に充てたものとして処理されていること、右の経理処理が、本件各係争年当時の会計書類の作成担当者の経験度、原告の東伸繊維工業に対する支配力及び会計に対する関与程度等に照らし、経理担当者ないし税理士の誤解等に基づいてなされたものとはいえないと認められること、実際上も、個々の資産の譲渡代金がどの債務の返済に充てられたかを特定することはできないこと、原告自身、東伸繊維工業において債務の支払をしたとの意識を持つていること等の事実を指摘することができるのであつて、これらを併せ考えると、本件譲渡代金は、会計経理上の形式面のみならず実際においても、東伸繊維工業の債務整理の財源とするために原告が提供して同社に帰属したものであつて、同社において債権者に対する支払その他の出費に随時充てたものと評価すべきであり、原告が資産の譲渡により自己の保証債務を履行したものということはできないものといわなければならない。

原告は、所得税法六四条二項の、「保証債務を履行するために資産の譲渡があつた場合」との規定の解釈につき、できるだけその適用の範囲を広げるように解釈すべきであるとし、保証債務の履行と資産の譲渡との間に法律上相当の因果関係があれば所得税法六四条二項の適用を認めるべきである旨を主張するが、同条同項は、「保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合」と定めており、特定の資産の譲渡代金によつて特定の保証債務の履行がなされたと評価できる場合にのみ適用すべきものと解すべきであるから、原告が東伸繊維工業の負債の整理資金を拠出するために本件譲渡を行い、本件譲渡代金を主たる財源として同社の債務の返済がなされたこと、右債務の中には原告が個人保証をしているものも含まれている事実をもつてしても、原告が資産の譲渡代金によつて保証債務を履行したものとはいえない前記認定事実のもとでは、本件譲渡に係る譲渡収入については同条同項の適用の余地はないといわざるを得ない。

3  そうすると、本件各係争年分の譲渡所得の金額は、それぞれ、別表2の1ないし3記載の譲渡収入金額から取得費、譲渡費用及び特別控除の各金額を控除した金額となり、昭和四一年分は一二八七万六一七七円、昭和四二年分は一六二九万〇三二二円、昭和四三年分は一〇二二万五五六〇円となる。

四  以上によれば、右各譲渡所得の金額を、それぞれ本件各係争年の不動産所得及び給与所得の各金額に加算してなした本件各更正には、原告の所得を過大に認定した違法はなく、本件各更正を前提になされた本件各決定にも違法がないことは明らかである。

よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 北澤晶 裁判官 三村晶子)

別表1

1 昭和四一年分

<省略>

2 昭和四二年分

<省略>

3 昭和四三年分

<省略>

別表2

1 昭和四一年分

<省略>

2 昭和四二年分

<省略>

3 昭和四三年分

<省略>

別表3

<省略>

<省略>

<省略>

別紙4

1 昭和41年分譲渡代金の入金額及び支払額

<省略>

2 昭和42年分譲渡代金の入金額及び支払額

<省略>

<省略>

3 昭和43年分譲渡代金の入金額及び支払額

<省略>

<省略>

<省略>

別表5

東伸工業の各期別決算書及び雑役勘定記載の譲渡代金受入状況と原告の別表(4)~(9)の対比表

<省略>

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